2012年1月4日水曜日

{r}evolution apparelの試み

他国への影響の大きいアメリカの消費習慣を変えれば、世界を変えられる。洋服のデザイン、製造、消費のされ方を変えること。綿に用いる殺虫剤、環境を汚染する着色料、低賃金労働者、使い捨ての洋服に対抗するために、サステナブルな洋服をデザインする。シンプルで着回しのきく(15通りの着方ができる)、アメリカ産で、100%リサイクル繊維の洋服。

誰が何と言おうと、アメリカはアナルコ消費社会である。モノを買いまくり、肉を食べまくり、ジムで運動してカロリー消費して、働いて食べてネットで消費する・・・というステレオタイプはある。わたしの知っているアメリカ人はもっと穏やかであるが、サブプライム問題が起きた背景を考えると、やはりこうした文化は存在している。

エコやサステナビリティをテーマにしたアパレルは幾つかは知っている。パタゴニアやマザーハウスなどは、近い哲学に沿ったものづくりをしている事例だろう。この人達の場合、そこからもう一歩踏み込んで、消費者の購買行動を変えることを射程に入れている点が面白い。企業としてのあり方、デザインにも時代性が現れているなと思う。

2012/1/3

『チャンピオンたちの朝食(カート・ヴォネガット・ジュニア 浅倉久志訳/早川書房)』を読了。

2012年1月3日火曜日

2011年

   忘れねばこそ 思い出さず

吉原の高尾太夫が伊達綱宗へ贈った唄の一部である。寵愛する高尾太夫に久しぶりに会ったとき、綱宗は自分のことを思い出すことがあったかと尋ね、そんなことはなかったと返されてがっかりして帰る。その帰路の途中で届けられてきたものである。野暮なことは聞くものではない。野暮な返し方もまたするものではない。

とある噺家は「思い出すよじゃ惚れよが薄い」とまとめた。現代語訳すれば、「片時も忘れたことはありませんので、思い出すこともありません」となる。どうしてこんなに味気なくなるのか。全文引用する。
ゆうべは波の上の御帰らせ、いかが候。 
御館の御首尾つつがなくおわしまし候や。 
御見のまま忘れねばこそ、思い出さず候。
うっすらと熱と湛えたこの唄とはまた異なった形で、2011年に起きた出来事の幾つかは、思い出されないまま、日々の営みのなかに様々な形で顔を出してくるのだろうと思う。

地震の後で突然、Living well is the best revengeという言葉を思い出した。スコット・フィッツジェラルドが『夜はやさし』の主人公夫妻のモデルにした、マーフィー夫妻の生活を描いた本の題名である。邦題は『優雅な生活が最高の復讐である』。R.E.M.にも同名の曲がある。元はスペインの諺で、当のジェラルド・マーフィー氏が発見したことになっている。何に対する復讐か。

人間の尺度を超える出来事に対して、人間は無力である。年が変わったからといってその点は変わらない。良かれ悪しかれ、出来事は時間や距離や統計などとは無関係、無意味にただ起きる。そこには何の意思の働きもない。そこに何かを読み取るのは人間の勝手である。ただし、人為の及ぶ事柄についてはその限りではない。


復讐とは、諦めないことの裏返しである。わたしはせめてもの抵抗と呼ぶ。

2012/1/2 3

ナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』を読み返しながら、去年あったことについて思い返していた。
本質的に未来は見えないものだ。ただし、その見えない領域を広げていかないと、未来はない。不透明な領域に踏み込んでいくときに重要なのは、そうした領域に踏み込んでいくことに対する関係者間での合意形成とその過程であって、求める結果の裏付けを提出することではない。事実上、合意形成以外のことはできない。
合意形成は意思決定ではない。ここでいう意思決定とは承認のことである。そして形成された合意に基づいて各人が動くことにある。この点が狂うと上手くいくものもいかなくなる。

2012年1月2日月曜日

2012/1/2 2

初詣の予定が少し狂ったので、買い物にでかけて財布を新調してきた。さすがに6-7年使っているとあちこち壊れてきていたので、ちょうど良いものがあって良かった。

2012/1/2

Style Forum Special from Music Guy on Vimeo.


トム・フォードのインタビュー。一人で喋っているときにはそれほどでもないのが、モデル達と話をするときのオネエ口調とのギャップには少々びっくりする。あえて言うなら、通常(?)の喋り方は『アメリカン・サイコ』でのクリスチャン・ベールに似ている気がする。トム・フォードにとっては迷惑な話だろうが。

面白かったのは、洋服をDesignするのではなく、服、ブランド、店舗をBuildする、Makeするという言い方をしている点。建築を学んでいたことによるものだと本人は語っている。ディテールに対して、そのように作られている理由を問いかけながら服を作り上げていくというプロセスも建築に由来するものと語っている。

もうひとつ興味深かったのは、コレクションに出ている服をPersonalizeしている人を見るのが好きだということ。当たり前のことかも知れないが、デザイナーが提案するスタイルを自分の文脈にどのように取り込むかが重要なのである。

2012年1月1日日曜日